バナジウム 水の原理
そういう意味で、現代の医師はプラセボ効果をあまり有効に使っていないともいえます。
患者の治療に際して重要なことは、いかに科学的に治療するかではなく、いかに苦痛をなくして病気を治癒できるかにあります。
そのためには、プラセボ効果のような心理的なアプローチも必要になってくるわけです。
私がいいたいのは、その治療効果のどこまでが本来の効果で、どこまでがプラセボ効果であるかを、きちんと区別しなければならないということです。
プラセボ効果であるとはっきり認識して治療に応用するべきです。
巷にあふれる大部分の健康食品や民間療法とその信奉者は、この区別をあいまいにしたまま、一方は宣伝し、一方は盲目的に信じている、このことが問題なのです。
ありもしない効果を体験することについては、プラセボ効果で説明できます。
しかし、世の中にはある健康食品なり民間療法なりを、まるで宗教のように信じ込んでしまう人がいます。
これには別の理由があります。
人々はすでに備わっている性向のために、何かを信じてしまうという場合があるのです。
この仕組みについて、最近の認知心理学は興味深い情報を提供してくれています。
例えばここに本来何の効果もないAという民間療法があるとする。
医学的に見てもその理論はめちゃくちゃだし、効くという臨床データもないいい加減なものだ。
B氏は最近腰痛に悩んでいた。
かといって医者に行くのも面倒だし、できれば簡単に治したいと考えていた。
ある日彼は、新聞の折り込みに民間療法Aの広告があるのを見つけた。
広告には腰痛に劇的に効いたという体験談があり、にわかに興味をそそられる。
費用はやや高いものの出せない額ではないし、その治療院も自宅からそう遠くはない。
彼は、ダメもとと思って試しに一度行ってみようかなと思った。
仕事の都合でぐずぐずしているうちに数日経ったが、腰痛はまだある。
かくしてB氏は治療院の門をくぐる決心をした。
いざ出かけてみると、そこの施術者は意外とやさしい人物で、彼の愚痴なども聞いてくれながら治療を施してくれた。
治療の翌日から何となく腰痛が軽くなった感じがし、数日後には痛みがなくなった。
B氏は「あの民間療法は意外に効いたな」と思った。
意味のない治療が効いてしまう。
プラセボ効果で説明したように、これはよく見られる現象です。
しかし、効きもしない治療法が効くと信じられてしまう原因は、ほかにもあります。
人には、本来無秩序であるものごとに、何らかの秩序や意味、パターンを見つけずにはいられないという性癖があります。
試合前には必ず左足からスパイクを履く、というようなジンクスもそのひとつです。
日常生活では、このようにものごとの法則や因果関係を見いだすことで、行動の能率を上げたり、危険を回避しています。
これはやむを得ない性癖なのです。
ただ、まかり間違えば、関係のないものを関連づけてしまうことにつながります。
病気になったのは、あのときあんなことをしたからだとか、前世の報いだとかというように。
B氏の場合も、放っておいても腰痛は治ったかもしれないのに、たまたま民間療法Aを受けたばかりに「あの療法は効いた」と結論づけてしまっています。
しかも、放っておいて治るという体験を同時にすることは不可能なので、正当にその療法の効果を評価する手段がないのです。
この点は、ふだん見落とされがちです。
効果があるかないかについては、民間療法を受けた場合と受けない場合を比較するしか判定のしょうがない、しかし、1人の人間でそれをするのは不可能です。
このことは、誤った考えに至るとても大きなポイントなのです。
一度は腰痛が治ったB氏だったが、どうも慢性化しているらしく、1カ月後にはまた腰痛が出てしまった。
彼は民間療法Aを思い出し、さっそく治療院に出かけた。
すると数日後、前回と同じように腰痛はなくなった。
彼の民間療法Aへの信頼感はいっそう強くなったのである。
ここで考えなければならないのは、自然の変化や回帰現象です。
ものごとには自然の変動があり、慢性的な病気であれば悪いときもよいときもあります。
極端に振れれば、元に戻る現象が起こります。
たいして頭の良くない私であっても、たまたまヤマが当たれば試験でいい成績を取れますが、年中ヤマが当たるわけではないので、次にはまた元の成績に一戻るのです。
B氏の腰痛も、症状が出たり引っ込んだりしているだけに過ぎず、痛みが出ては数日で消えることを繰り返しているのかもしれません。
しかし、そのたびに民間療法を受ければ、治ったのはそのおかげと思ってしまいます。
こうして、彼は民間療法Aへの信頼を高めていくのです。
彼は何回かその治療院へ通っているうちに、そこにきている客とも言葉をかわすようになった。
その客は慢性の頭痛と肩こりに悩まされており、ここに来るようになってよくなったと喜んでいた。
B氏は頭痛にも効くのかと、民間療法の効果に驚いた。
そこで、ほかの客にも話を聞くと、じつにいろいろな症状の持ち主がおり、皆一様によく効いているという。
彼はますます感心し、民間療法Aの信奉者になっていった。
常連の患者が待合室で情報を交換するのは、よくあることです。
B氏のような経験は珍しくありません。
ここで注意してもらいたいのは、その治療院にいつも通っているのは、療法が効いたと信じている人だけだということです。
たとえ、10人に1人しか効いていなくても、治療院に来るのはその1人ですから治療効果は100%になります。
B氏は、民間療法Aがまったく効かず、その治療院に通わなくなった他の9人を知らないのです。
このため彼はすごい治癒率だと信じてしまうのです。
また、B氏自身すでに治療法の効果を信じ始めているために、どうしてもそれを確認するような質問をし、それに見合う答が得られると必要以上に感心してしまうという側面もあります。
「私は腰痛がよくなったのですが、あなたはどうですか」「私は頭痛持ちでね。
なかなかいいみたいです」「やはり、そうですか」というようなわけです。
もうひとつの注意点は、治る病気がいろいろあることです。
もし、民間療法Aが腰痛だけに効くというのなら患者の数は限られます。
腰痛にも、頭痛にも、肩こりにも、膝の痛みにも、肝臓にも…と病気の数を増やせば、全体に患者の数も増加します。
腰痛に効いた人が10人に1入、頭痛に効いた人が10人に1人、肝臓は20人に1人というように増えていけば、いかにも何にでも効きそうなすごい治療だということなります。
じつは、これこそ何にも効かないことの裏返しなのです。
民間療法や健康食品の宣伝文句には、快調、体質改善、心身の調和など反証不可能な言葉を並べ、さまざまな体験談を出してどんな病気にも効果があるとうたっているものが多くありますが、いろいろな種類の体験談を集める方が、ひとつの病気の体験談をたくさん集めるよりも、ずっと簡単なのです。
民間療法Aの信奉者になったB氏は、あるとき同じ療法を受けたことのある友人に会った。
友人はめまいを繰り返していたため、知人の勧めでその療法を受けたのだが、効果がなかったので1回でやめたといった。
B氏は「そんなはずはない。
効かなかったのは1回しか行かなかったからだろう。
何回か通えばきっと治ったと思う」とアドバイスをした。
しかし、その友人は彼があまりにその療法に心酔していることに気づき、それ以上触れないことにした。
以前のウォーターサーバーの情報を掲載しませんか?プロ絶賛のウォーターサーバーセットです。
ウォーターサーバーはいかかですか?一つ上のウォーターサーバーをしたい人必見です
ウォーターサーバーを見つけましょう。子供のためのウォーターサーバーグッズです。
水の登場です。専門家が水についてお答えします。
正しい健全な水が継続するデフレの影響で賃金や雇用が脅かされ、消費者は高い水を敬遠する。
近未来的な水は世界各国で実践されています。スタッフお勧めの水を紹介します。